オートバイに「乗らない理由」
オートバイに乗り始めた理由はなんでしょう。
オートバイに乗らない理由を見つけることに関して、僕はプロだ。
もちろん大型自動二輪免許は持っているし、小さいものも大きいのも、これまでに15台ほどマシンに乗ってきた。
「オートバイが好きですか?」と聞かれれば「オフコース」と即答できる。
しかし実際は、ほとんど乗れていない。
オートバイ好きを名乗るのはおこがましい気もする。
定期的に乗ることがなによりのメンテナンスだということは痛いほど理解している。
2ヶ月、3ヶ月乗らなければ、その分始動は困難になるし、クラッチが張り付き繋がりが悪くなる。そんな場面には何度も出くわしているのだから。
なので、結婚してからここ数年は、キャブレターの汚れとバッテリー上がりを心配するような日々を過ごしている。
そして夜、眠る前、エンジンオイルが落ちていき、乾いたピストンや錆の浮きそうなシリンダーを思い浮かべて、焦りにも似た気持ちになる。
10〜20代の頃は毎日のようにオートバイに跨って過ごしていた。今の自分を、あの時の自分が見たならば、なんとも情けない姿に映るだろう。
「なんとなく走りたい」
「茶でも飲みにいくか」
「友達に呼ばれた」
今思えば、オートバイに乗る理由なんて、考えたこともなかった。
特に子どもが生まれてからは、家事や買い出し、そして仕事に追われるばかり。
そして、半年に一回程度、申し訳がないような気持ちを抱えながらオイル交換をする。
その頃には、前回乗ったのがいつかも思い出せない。
走行距離数十Kmのオイルは、汚れているというよりただ酸化しただけのように見える。
バッテリーを充電して、太腿がおかしくなるほどキックペダルを踏み込む。
「お、出番ですか」と、ダブワンは眠たい眼を擦りながら、ぐずぐずとした返事のような小爆発が起こる。
苦労してエンジン始動したダブワンの音は、チョークを引いていることもあって、とんでもない音量。
毎度久しぶりに聞くものだから、慌ててしまう。
回転数が900RPMほどに落ち着くと「走りに行きますか」と、訊かれているような気もする。
けれど僕はその気持ちをやんわりと躱してしまう。
5分ほどアイドリングさせ、エンジンを切る。
オイルレベルゲージを確認すると、ダブワンを車庫にしまう。
タンクの上に薄く積もった土埃を手で払い、エキゾーストパイプが冷える頃合いでカバーをかける。
「暑いから」
「疲れたから」
「眠いから」
「土曜はオムツを買いに行かなければならないから」
「日曜は墓参りに行くから」
「もう22時だから」
「明日早いから」
僕の周辺にある予定と出来事が、優先順位をつけたまま週末を埋めていく。
オートバイは乗られるために生まれてきたのに、辛抱強く僕を待っている。
あぁ、遠くへ行きたい。