さらば、すばしっこい奴
それはいわばジンクスのようなもので、「愛車が拗ねる」ということはよく聞く現象だ。
次の車を買おうとすると今の車が故障する。
今の車を手放そうと考えると事故に遭う。
そんな風にして、愛車がヘソを曲げるという話。
僕はアルトワークスに乗っている。
2021年式の4駆、MT車だ。
新車として購入後、SWKのWRウイングをはじめ、モンスタースポーツ製のデュアルマフラー、ECUのセッティングetc...と、ちょこちょこいじっていた。
アルトワークスを買った当時は妻と気ままな二人暮らしで、デートカーにちょうどいいかと思って買った。
当時はコロナの騒ぎがあり、ほとんど毎日家で過ごしていたから、軽自動車を買うくらいの小金があったことも幸いした。
その後程なくして子供が産まれ、クルマをいじることはもちろん、遠乗りする機会も減っていった。
行く場所といえば、メインはスーパーマーケット、子供どうぶつ園、そんなところが多い。
買い物や赤ん坊の乗せ下ろしに、アルトワークスはあまり向いていない。
そんな背景もあり、乗り換えを考えていた。
手放すのは本当に寂しい。
アルトワークスは、乗るとはちゃめちゃに楽しい車だからだ。
軽スポーツ車の魅力は「踏む楽しさ」これに尽きる。
そんなにパワーはない。だから踏んで走らせる。
でも大抵の(乗用)軽自動車はポワンポワンだから、アルトワークスみたいに曲がって・止まってはくれない。
アクセルを踏む、大げさにエンジンが唸る。
「すごいスピードだ!」と思うと、案外70km/hくらい。
ECUチューニングで85馬力くらい出ていたから、加速感も文句なし。
車雑誌の編集をやっていた頃、プレス向けの試乗会や広報車両を借りて乗ったりしていた。
その時に気づいたことは「乗っていて楽しい車」「走らせて楽しい車」など、車という工業製品はドライバーに色んな感想を持たせてくれる、ということ。
だから、どんな車だって楽しいのだけれど、アルトワークスには惚れた。
購入にあたってアルトワークスに関する様々な本を手に入れ、開発者のインタビューもくまなく読んだ。
乗れば乗るほど、こうした開発者の思想や大事にしてきたコンセプトを体感した。
そして同時に、ここはコスト的に目を瞑ったんだろうな、という部分も含めて、いい車であると思った。
でも、手放してしまうのだ。
次に購入する車はワゴンにしようと思っている。
実のところ「アルトワークスじゃ◯◯が出来ないから」という項目は、そんなに多くない。
多少の不便はあるものの「絶対にワゴンタイプでなければダメだ」という内容は無いかも。
車(トミカ)好きの倅もアルトワークスのことはすごく気に入っている。
けれど、広さや便利さなど「このクルマ(アルトワークス)がもうちょっと◯◯だったら」という部分はた〜くさんある。悲しいけれど。
そんな積み重ねの実感が、買い替えを考えさせている。
一方で思うことは「アルトワークスがもうちょっと◯◯」だったら、それはもうアルトワークスではない。
先述した開発者の思想やコンセプトには無い要素、あるいはそこから遠い位置にあるのが、便利さや「メリット」みたいなものだと思う。
つまり、軽スポーツ車なんていうのは、オートバイに近いものなんだろう。
ビートやAZ-1はもっとスパルタンだろうし、それに比べればアルトワークスは利便性がある方だと思う。
しかしやはり、ファミリーカーではない。
アルトワークスとの別れを考えるとどうしても切ない気持ちになる。
満足のいく下取り額を提示され、その額で手放せるのは来月いっぱいまでだから、あと数週間だ。
アルトワークスとの「お出かけ」に思いを馳せる。
妻とのデートで海を眺めに行き、旅行へ行った。
末期がんの父を病院に迎えに行き、秩父の日帰り温泉へ連れていった。
思えば、父にとって最後の「お出かけ」は、僕の運転するアルトワークスだった。
僕がアルトワークスを走らせていて、向かいからも同じ型のアルトワークスが走ってくる。
そんな時、2人のドライバーは軽く手を挙げ、すれ違いざまに挨拶をすることが多かった。
アルトワークスは、そんなクルマだった。
次に買うクルマは、そういうモノじゃないだろう。
けれどそれでいい。
そんなわけで、アルトワークスを手放すことにした。
新しいクルマは11月頃に納車されるという。
買い取ってくれるスズキのディーラーまで最後のドライブ。
幸い、事故や故障といった出来事は起こらなかった。
ありがとうアルトワークス。さらば。