W1の乗り味〜高速道路と峠〜

5回目の車検だったということは、W1に乗り始めて10年の月日が流れたことになる。

今回はこのカワサキW1という珍妙なオートバイに10年乗った感想を書いてみようと思う。

本来であれば「10年」なんて単位は正しくなくて、「30,000km」のように距離で語れる方が説得力がある気がするのだけど。

ともかく、僕がこれまで乗ってきたマシンの中で10年は最長の記録となっている。

「よかったらあげるよ」なんて手放したオートバイは何台もあるけれど、W1SAだけはそう思えない。

なんだか不思議なオートバイなのだ。

例えるなら背脂ギトギトの豚骨ラーメンみたいなものかもしれない。

ひと口目は歓喜するほど美味しく感じるのだけど、食べていくうち次第に飽きてくる。

翌日は胃がもたれて嫌な気持ちになるが、日が経てばまた食べたくてしょうがなくなる。

そんなキャラクター。

W1SAの乗り味はというと、現代のマシンと比較したら評価に値しない。

ちなみにこれは僕のポンコツW1SAのことなので、しっかりメンテナンスされた車輌であればこの限りではないはず。

ただ、世に流通している旧車なんてほとんどがこのポンコツレベルであり、キッチリ整備された車体の方が少ないことを考えれば妥当な話になると思う。

走らない曲がらない。これは見た目からも分かるだろうから深くは言及しないけれど、操作に関しては全てにおいて「眠たい」のである。

タイヤの接地感は希薄で、そのくせエンジンだけは先走っている。

一生懸命に地面を蹴ろうとして頑張っていることだけがライダーに伝わってくる。

W1SAの最高速は180km/hだの185km/hだの言われている。

だがそれは「マシンを壊す度胸」と「平坦かつ真っ直ぐな長い道路」という2つの条件がない限りは実現しない。

高速道路に乗れば分かる。

W1の定位置は一番左の走行車線。

100km/hも出せばほぼ目一杯である。

通常の大型バイクであれば、高速道路で100km/hからがなんとも言えず楽しいことを感じ考えられる速度だ。

けれどW1の場合はさまざまな不安や心配が脳内をかけずり回るだけ。

80km/hまでは「ダブワンサウンド」なんてものに酔い痴れていられるものの、それ以上は不快の連続。

強烈な爆発音とマシン全体を伝わる振動がやってくる。

振動も想像するようなブルブル、ドコドコといった類のものではなく、ビリビリという痺れに近いものだから、とにかく不快なのだ。

だから期待しない方がいい。

いつだったか東名高速道路をW1SAで走っていたら、後ろからZ1だかZ1000だかの旧いカワサキが迫ってきて、僕の後ろをしばらくついてきていた。

珍しい音のマシンを見つけて、じゃれているのだろう。

その後、Zは加速してW1SAの横を追い抜いて行き、すぐに僕の前に戻ってきた。

「さあ、加速の音を聴かせて」とでもいうようにZのライダーは僕にハンドサインを送る。

僕は精一杯アクセルを捻るのだが、100km/h程度で走っているZとの距離がなかなか埋まらない。

「3速なのか?」と思いシフトペダルをかき上げるも間違いなく4速(トップ)に入っている。

Zがその後どうなったのかは覚えていない。

「にっぽんの高速GT」をカタログで謳っていたW1SAもこの程度である。

Z1とW1SAの年齢差はほぼない。

ただ、技術的な時間の差は20年以上はあると思う。

その長い時間が、この高速道路を走る一瞬の時速に現れている。

BSAを範としたW1(メグロK型)のエンジン、その設計思想はバレンタイン・ペイジが第二次大戦あたりに考案したものとされる。

対してZは1970年代に登場した。

「もはや戦後ではない」とその後のGDPの上がり方をみるだけでも、この差は至極当然なのである。

メグロK型からカワサキW1になり、排気量こそ上がったもののOHVの624ccなんてこんなもの。

爺にローラースケートを履かせたところで運動性能が上がるわけじゃない。

そして、長時間の高速走行はマシンにもライダーにもダメージを与える。

エキパイのフランジナットが外れ、サイドカバーとテールレンズは落下、ナンバーは割れる、しまいにはバッテリーから希硫酸が噴き出てマフラーのメッキを溶かす。

ライダーは細かな振動と爆発音に疲れ、下痢と難聴になる恐れがある。

そんな珍事を楽しめるエンスージヤスト(いわゆる変態)でもない限りW1はおすすめしない。

W1を欲しいという人がいたら、この辺りは知っておいた方が良いことのように思う。

ワインディングはどうかといえば、これも中々にストレスがある。

特に峠の下りは効かないブレーキと挙動不審な足回りが怖い。

しかしこれはW1の生まれた当時の景色を考えれば当たり前。

1960年代ではまだ未舗装の道も多く、ポヨンポヨンこサスペンションこそ高級と言われていた。

市販車に運動性が与えられ、サスペンションが固くしなやかになるのは、日本がモータースポーツへの理解を深めるもう少し先の話。

ただW1で上る峠は楽しい。

多少ラフな操作であっても「どんぶらこ」と曲がっていく。

また、気持ちよく走ろうと思うと「音」に行き着く気もする。

ライダーとW1がシンクロし、楽しくランデヴーする時、そこには気分よく爆ぜる音がある。

どちらかといえば高めのギアを選び、コーナーの出口付近で引っ張るようにアクセルを開けていく。

すると空気の玉ころが吐き出されるようなあの音が、一音ずつ聴こえてくる。

その時の気持ちは「愉快爽快」と表すことができよう。

W1の音を楽しめない人は、おそらく丁寧で効率的な人と言い換えられる。

アクセルを一定に開けて走り続けるという乗り方はW1には似合わない。

アクセルオフで「ヒューン」というメカノイズと吸気音を聴き、溜めを作る。

その後にアクセルを開け、あの湿った排気音が弾き出される回転数を堪能する。

ただひたすらこれを繰り返すという、変な人向けの単車なのだ。

「旧車會と何が違うのか?」と聞かれたら返事に困る。

年式からいえば旧車會のマシンたちより旧車であるというくらいしか違いはない。

そんなわけで、W1の乗り味について書いてみたがクサイことばかりである。

でもW1には何かしらそうしたクサイ気持ちにさせる要素がある。

「漂う男の体臭」とはW3のカタログキャッチコピー。

初見では笑い転げたが今となってはこれ以上になくこの乗り物を表現しているようにも思える。

W1は脂ギトギトの豚骨ラーメン。

相手を選ぶ乗り物なのかもしれない。

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