かつて存在したカワサキW1専門店、佐々木オートのこと

すべての物語がハッピーエンドを迎えるわけではないのかもしれない。
W1の修理で名を馳せた「佐々木オート工業」のその後を知っている人は、どれだけいるのだろうか。
僕は全くと言っていいほど詳しくないが、一つだけ思い出すことがある。
今から約10年前、W1SAに乗って神奈川にある佐々木オート工業を訪れた。これはその時の話。
僕のW1は故障していたわけではなかったけれど、どこか調子が出ず、その相談をしようと思っていた。
余談だが当時の僕は「650ccもあるんだからもっと速いはずだ。きっと僕のW1はどこか変なのだ」と考えていた(もちろんそんなことはなかったが)。
さて、W1といえば宮田俊之さんやモリヒデオートの森さん、ファインテックフカイの深井氏、そして佐々木オートの佐々木氏らが、修理の世界では有名だ。
それを知ったのは「別冊モーターサイクリスト」。
父がスクラップしていた雑誌の断片を、僕は穴が空くほど読んでいて、そこで先達の素晴らしさを知った。
そしていつしか「専門家に自分のW1も診てもらいたい」と思うようになっていた。
第三京浜に乗り、ひと回りついでに佐々木オート工業を訪れた。
定休日や営業時間を事前に確認してから行ったのだが、佐々木オートのシャッターは閉まっていた。
しかし、店の前には誰だかのW1Sが止めてある「冒頭の写真)。
「もしかしたらお店の人がいるのかな」という思いで店の周りをウロチョロしていると、初老の男性が現れた。ただ、雑誌でよく見た佐々木氏ではない。
そして出て来るなり「ダメだよ今来ちゃ」と叱ってきた。
僕は事態がわからず、ここへ初めて来たことや、佐々木氏に相談したいことがある旨を伝える。
少し気難しそうなその男性は、僕と僕のW1SAを見て、ため息まじりに「とりあえず来て」と言い、店のシャッターを少し開けて中に入れてくれた。
店に入ると、その中はバイク屋とは思えないほどの物が散乱していた。
オートバイのパーツもあったが、多くの生活ゴミのようなものがある。
そして薄暗い店内の、その奥に佐々木氏がいた。
氏は椅子に座り、何やら細かい部品を拾っては床に投げ、という動作を繰り返している。
仕分けをしているのだろうか。新たな来訪者(私のこと)に気付く素振りもなく、その目は虚ろに見えた。
先ほどの男性が僕に話しかける。
聞けばその男性は佐々木氏と旧知の仲であるらしく、今日は店の片付けを手伝っているという。
そして、「まあこっちに来て」と、店の近くにある駐車場に行った。
そこにはW3やメグロなど、複数の車体が置かれており、そのどれもが何らかの部品が無い状態。
初老の男性いわく、お客さんのマシンであり、修理途中だと言う。


その男性から「佐々木オートの現状とこれから」について話を聴くことになった。
ここでその詳細を書くことは出来ない。
しかし、その道で名を馳せた名人であったとしても、すべての物事がハッピーエンドになるとは限らないのだということを学んだ。
僕はただ、偶々ひとつの物語の終わり間際を、目の当たりにしただけなのだ。